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乳児期のきとりさんはあんなものを食べていました…
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異食の人
こぽこぽこぽ…と可愛い音を立てて、目の前のカップに紅茶が注がれていく。立ち昇る香りは、ティーバッグのお手軽紅茶とは随分違って、多分こういうのを人は芳香と言うんだろう。
流れ落ちる馨しい滝を辿っていけば、カップと同じ有名メーカーのポットがあり、白くて可愛い指があり、細く立ち昇る湯気の向こうに綺麗な人がいる。
きとりにとって、甘くて美味しい香りの象徴は取りも直さずちぃさんの家だ。
「”食”って大事ですよ。身体にも、心にもね」
そう、カウンセラーをやっているちぃさんは言う。
確かに、美味しい物を食べると多少のイライラはどうでもよくなるなあと、キッチンの方へ歩いていくちぃさんの小さい背中を見ながら、きとりは思う。
やがて、戻ってきたちぃさんは、綺麗に飾り付けられ三角形に切られたチーズケーキと苺の乗ったショートケーキをテーブルに置いた。添えられているナプキンに入っているロゴに覚えがあるから、多分何処かの有名店のものなんだろう。ちぃさんは美味しい店をたくさん知っている。
「いただきまーす」
ちぃさんが向かいに落ち着いたのを見計らって、挨拶とほぼ同時にフォークを手に取った。
「召し上がれ」
自分は紅茶のカップに口を付けながら、ちぃさんは微笑う。
口に入れたチーズケーキは蕩ける様で、美味。
「ちぃさんって、本当に美味しい物知ってるよね」
着実にチーズケーキの容積を減らしていきながら感嘆を言葉を送れば、ちぃさんは苦笑しながらきとりの口元を指差した。
「口の所、付いてますよ。幾つになるんですか、全く」
「…16ですが」
答えを求めない問いの答えを呟きながら、指差された箇所を拭うきとりの姿を眺めて、ちぃさんはまた一口紅茶を啜る。
「まあ…僕の場合、仕事でも少し使いますからね。本当に”食”って大事ですよ。特にあなたは直ぐに変な物を食べたがるんだから、気をつけないと」
その言葉の後半を捉えて、きとりが不審そうな顔を上げる。
今までに変な物を食べた心算はないし、自分が食べたい物が変な物であるとも思っていないのだから、”変なもの好き”と言われても腑に落ちないし、はっきりと不服だ。
「ええ?変な物なんて食べないよ、私は」
眉間に皺を寄せたきとりの反論に、ちぃさんは呆れたような顔を見せてから、ふっと何か思いついたように口角を上げる。
「食べますよ。じゃあ、教えてあげましょうかね…きとりくんが一番最初に、何に齧り付いたか」
そう言って、ちぃさんは綺麗な顔でにやっと笑った。
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「ちょっと、ゆなちゃん、寝てないと!大丈夫?ねえ!」
「大丈夫、ちょっとくらい。だって、ほら、きぃちゃんの寝顔、見たいじゃない?」
弱弱しく押し問答をしているのはちぃさんと、きとりの母親のゆなである。
17歳できとりを産んだゆなは産後の肥立が宜しくなく、すっかり体調を崩して寝込む事が多くなった。半年が経ち、大分落ち着いてはきたものの、その日もちぃさんが訪れた時にはソファに横になっていたのだという。
「きぃちゃんね、最近歯が生えてきて、ちょっともぐもぐするんだよ。もう、可愛いの」
制止の手を軽く押しのけて、ベビーベッドの傍らへ向かうゆなの後を、ちぃさんは溜息混じりに追った。
ベッドの中を覗き込んで、ね?と問われれば、うんと言うしかない。実際、生き物の雛という物はどれも皆可愛らしい。そこに思い入れが加われば、尚更だ。
実際、ちぃさんも可愛いと思った。よく眠っているその顔のふくふくとした頬も、軽く握った小さな掌も、ふわふわの髪の毛も。
思わず見惚れていると、隣のゆながきとりを見つめたまま呟いた。
「とうさん、元気?」
突然、同居人の名前を出されて、ちぃさんは見張った眼でゆなを見つめる。
「元気だけど…」
「そっか。良かったぁ…ちぃちゃんはよく来てくれるけど、とうさんは全然顔見せてくれないから」
「ああ…」
確かに、とうさんという名のちぃさんの同居人は、きとりが産まれて直ぐに一度病院に顔を見せただけで、その時もゆなに一言声を掛けると早々に退散してしまった。それ以降、親族の集まり以外でゆなときとりの前には姿を現していない。
「あれは、どんな顔して会ったら良いか判んないだけ。『俺が近付くと、動物やら子供やら本能強い連中は泣き出すから』なんて、あほな事言って」
ちぃさんが眉間に皺を寄せてパタパタと手を振って見せると、ゆなはちぃさんへ顔を向けて、ありがとと微笑んだ。それでも寂しそうなその表情に、ちぃさんは何とかしてやりたくなる。ゆなは、何となく助けになってやりたくなるような、そんな雰囲気を持っていた。
大体、とうさんが彼女らに会っていけない訳などない筈だ。むしろ、近しくありながら顔を見せない事の方が不義理なのだ。
不意に激しく義憤のような物に駆られた。
「ちょっと待ってて」
その言葉と共に携帯を取り出して、素早くダイヤルする。呼び出し音を耳元で聞きながら、ちらりとゆなを盗み見ると吃驚したような顔でちぃさんを見つめている。やがて呼び出し音が途切れ、代わりに低い男の声が響いた。
「僕です」
シンプルに徹した名乗りを上げると、電話の向こうからはこれもシンプルに徹した返事が返る。
「おう」
「今、時間は?ありますよね?」
「ありますよねって、お前…」
強引な展開に呆れたようなとうさんに、ちぃさんはふんと鼻を鳴らしてみせる。
「あなたのスケジュールくらい、僕が把握していないと思うんですか?今日は、あなた、超暇」
断言されて、電話の向こうは口篭る。
「じゃ、そういう事で」
唐突に話を打ち切ると、ちぃさんは素っ頓狂な声が聞こえてくる携帯をゆなに押し付けた。きょとんとしたゆなが、しかし一瞬で誰への電話なのかを悟り送話口へ言葉を送る。
「もしもし…ゆなです。とうさん、お久し振り」
恐らく、予想していなかったであろう相手の声にとうさんは慌てふためいているのだろう。ゆなが楽しそうに笑う。その姿を腕組みをして眺めながら、ちぃさんは少しだけ会話に耳を澄ませた。
「元気です。とうさんは?うん。久し振りに会いたいなって我侭言ったら、ちぃちゃんが。今日は時間あるからって」
受話器から微かに漏れ聞こえるとうさんの声がパニックを起こしているのに笑いそうになりながら、ちぃさんはそのやり取りを辿っていく。
ちぃさんが間接的に言っても、何だかんだと理由をつけてとうさんは逃げるだろう。だから、逃げ場が無いように時間がある事を確認した上でゆな本人に喋らせた。これでは、とうさんも無下に断る訳には行かないだろう。遠慮していたゆなも、相手の迷惑にならない事がわかっており、且つちぃさんの心遣いと言う事もあって、気を楽にしたようだ。
「あ、本当に?嬉しい。きとりも待ってます。はい、それじゃあ、後で」
ちぃさんの予想していた通りの台詞を最後に、通話は終わった。
「来るって?」
ゆなの差し出す携帯を受け取りながら問えば、嬉しそうにこくりと頷く。
「ちぃちゃん、ありがと」
礼の言葉に照れて、ちぃさんはぱたぱたと手を振った。
そして一時間程後。
玄関には黒尽くめの大男が立っていた。
見上げるような身長に加えて服の上からでも判るくらいに隆々とした筋肉。短く刈った黒髪の下の浅黒い顔にはサングラスを掛けている。確かに、子供が見れば怯えて泣き出すかもしれない。
しかし、彼を見たゆなは相好を崩した。
「とうさん!」
嬉しそうに手を取られて、とうさんが太い眉を寄せる。
「あ…あぁ」
ぎこちなく片手を上げかけて、下ろした。
「何ですか、それ」
ゆなの後ろからその様子を見ていたちぃさんは、片眉を上げて肩を竦める。とうさんが、口の動きだけで「うるせえ」と返す。そんな二人の様子には頓着せず、ゆなはぐいととうさんの腕を引いた。
「上がって!今お茶入れます。あ、きとり、きとりに会ってあげて、ね」
引かれるままに、片手に持っていた杖を玄関の傘立てに立てかけ、靴を放り出すようにして居間へと引っ張り込まれていく。後姿を見送って、ついでに放り出された靴を揃えてからちぃさんが居間へ入ると、とうさんは座りもせずかといって目的もなく、所在なさげに広い肩を小さくしていた。ゆなはお茶を入れにキッチンへ行ったようだ。
「あーあ、みっともないですねぇ」
笑い混じりに呟けば、とうさんは振り返って僅かに凄んだ。
「おい、誰の所為だ」
「少なくとも、僕の所為ではありません」
「どう考えたってお前の所為だろうが!」
とうさんの思わず張り上げた声を、ちぃさんがしっと唇に人差し指を当てて制止する。
「大きな声出さないで下さい。きとりくんが起きます」
うっと息を詰めるとうさんの後ろから、今度はお茶の準備を終えたゆなの声がかかった。
「とうさん、きとり見て。きぃちゃん、可愛いから」
そうして、途方に暮れたようなとうさんの背中をベビーベッドの方へ押していく。
「ほら、良く寝てるから」
背中を軽く叩かれて促され、とうさんは観念したようにベッドの中へ視線を落とした。
そこにいた生き物は、同じ人間とは思えないくらい小さい。愛らしくて柔らかそうで、とうさんは思わず手を伸ばした。そして軽く、本当に軽く頬に触れる。
瞬間、ぱちりときとりの目が開いた。
「あらっ」
普段は無いような目覚め方に声を上げたゆなでなく、きとりの目はじっととうさんを見る。あまりに無垢な瞳に耐え切れなくなってか、つい目を逸らしてしまう。
それでも、きとりはとうさんを見つめたまま、自分に触れてそしてすぐに離れてしまったとうさんの、無骨で堅い手に触れた。ぺたぺたと確かめるように撫で回して、気に入ったように引き寄せる。
きとりととうさんを見比べて、ゆなとちぃさんは同時に感嘆の息を漏らした。
愛しい玩具でも与えられたように、きとりはとうさんの指に顔を押し付ける。
懐かれた。そう、誰しも感じたその次の瞬間、しかしとうさんは確かに見たという。
上目遣いに見上げてくるきとりの口の端が、にっと吊り上がるのを。そして。
がりっ。
異音の直後、沈黙が落ちた。
当事者ですら、状況を、理解するのに、時間、が、
「いぃ痛えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーッッ!!!!」
地の底から響き渡るような絶叫。気を許し緩みきったところに加えられた痛みは想像を絶する衝撃だったと言う。
とうさんの叫びが木霊する中、そして一瞬遅れて状況を理解したゆなとちぃさんが慌てふためく中、何故そんな事をしたのかは最早誰にも判らないが、乳児の渾身の力を込めてとうさんの指に少なくとも三度に渡って噛り付いたきとりは、一人満足げに笑っていた。
それから当分の間、とうさんは親類間において、こう呼ばれる事になる。
「離乳食」と。
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「あの時は本当に、皆で言っていたんですよ。ゆなちゃんや僕には噛み付いたりしないのに、この子は酷い悪食だって」
懐かしそうに言うちぃさんの向かいで、きとりはフォークからチーズケーキの欠片を落としていた。
「だから、気をつけないといけませんよ?あなたは特に、」
確かに、時折味覚が変だと言われる事がある。嗜好の違いであると気にも留めずにいたけれども。
「ゲテモノ食いの気があるんですから」
今日、ここで、きとりは異食の根源を見た気がした。
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あとがき@はいご
きとりの称号は「異食の宴主」なのですが、
異食という言葉は辞書捜してもありません。
……多分(おい)
私の造語です。……多分(おいって)
その意味は…はい、このSSの通りでございます。
ゲテモノ食い。
というわけで、「異食の宴主」の意味は
「こんなゲテモノ食う奴お前しかいねえよ」
ちなみに、きとりはパフェ片手に白米が食えますが、
私はパフェ片手にビールが飲めます。
生クリームまんせー。ショートケーキ肴にビール三昧です。
ていうか、きとりも生クリーム肴にビーr(ry
ついでに、赤子きとりの離乳食(…)はむさい男の指でしたが、
私の離乳食は母の乳首だったそうです。
上目遣いに見つめながら、にっと笑って噛んでいたそうな。
肉食赤子は今も肉好きです。
そして、この他にもきとりはとんでもない物を食べまs(ry←言えよ
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